ロン雑MAXIMUM

JAZZヴィブラフォン奏者、竹田直哉の雑談......

今日、何故か突然と筆が進まない現象に襲われています。昨日まで絶好調だったのです……言いたい事はあるにはあるのですが、文書にすると、とんでもなく長文になってしまうので、ここはひとつ、YouTubeで語ろう事を決心しました。竹田直哉、遂にYouTuberとなります!!

僕は何かにつけて不満を抱く体質のようで、具体的には、もう、やってられまへん!といった態度をとっている事が多いようです。その仕草たるや、周辺をおちょくっているかの如くでして、結果的に嫌われます………(涙)…まぁいいでしょう、それも一つの漢の生き方さ。

昨今、やもめである淋しさを痛烈に感じている僕ではありますが、その思いたるや吹っ切ってしまおうという考えが出てきているのです。いじけていても何も産まれない、ありのままを受け入れた時にドラマティックは始まる、みたいに思えてきたりして。ブッチャケ、これから先々、ライブの予定が入っていない事に恐怖を感じていました。当然、現実逃避にも没頭していました。それは時間を無駄にして生きているだけであることを悟ったのです。もー迷いませんよ、僕ぁあ!

さて、今日は立川ジェシージェームスでギグやります。かなりマニアックな編成の一端を担わせて頂きます。聴きごたえがあると思うので、是非お立ち寄り願いたくある限りです。

NaoyaTakeda

ブッチャケ✖ゼロの独身です。Yahooパートナーにも参加してました。初めての男女交際からずうっと結婚を意識してきました......すみません、その意識は嘘です。基本、性欲を抱いた時から今に至るまで女性との交際期間よりも彼女レスでいるほうが断然多いです。男女交際を終えると数年の神経疲労の蓄積からか、丸2年以上は独りで遊び歩いていないと死んでしまうのです........嘘です、死にはしないと思います。そんな僕ではありながら、一方的ではありましたが、結婚を念頭に入れて女性と交際したことがあるのです......これは本当です。

ロン雑は小説ではないので、結果状況を述べますとその女性は、僕の父が死の宣告をされたと同時期に会ったのが最後となりました。幸い、父の病気は誤診であったことから復活したのですが........その時、確か彼女のお母さんから見舞金¥10000ーを受け取ったのです。今思うと、娘さんとの手切れ金だったのかもしれません。まぁね、交際相手の親御さんから好かれたことなんて一度もなかったから、そんな事情も納得してしまいます。そりゃあそうでしょう、30過ぎの男が音楽家と称しながら、実質、仕事1日に対して魚釣りに4日費やしているわけですから.......そんなんに手塩にかけて大学まで卒業させた娘を嫁になんかやる気はなかったと思います。俺が親だったら嫌ですから!.......でもね、1度足を洗うつもりで整体矯正師になり、整体治療院も開業したのです!!が!?.....半年でくじけ、音楽の世界へと舞い戻り.....だから最悪の結果は当然というもの.......なわけでした。でもよかったです、僕が音楽以外でマジになったら、それは全部嘘だということがわかったのですから。はいチャンチャン!!

そのような訳で今の心配事は、独りぼっちの老後についてです。老人ホームって、金がかかりますよね?参ったなぁ、孤独死かよぉぉ!!

NaoyaTakeda’sCrazy about BeBop!!

竹田直哉の格納庫

NaoyaTakeda

35....36歳の時だったか?大型茶葉というメジャーアーティストのレコーディングに参加させて貰いました。(竹田直哉の格納庫で聴けます)とにかく、僕は初物に弱い!!つまり楽譜の初見が駄目なわけです。なのに仕事を請け負ってしまいました。勿論、足を引っ張りまくり、他のミュージシャンどころか、エンジニアさんまで怒り捲くる始末……後味は最悪でした。

実は、このようなケース、幾度となくやらかしていて、今思うと何故断る事をしなかったのか?自分の事ながら不思議でなりません。さすがに業界中に知れ渡るまでにはいかなかったものの、次に繋がった事など一度もありませんでした。何はともあれ、僕の音楽は独学の自己流みたいなものですから、バグだらけな訳でして、よって行き着くところ、アーティスティックな活動しかやる気がなくなった今や、それらの全てを良き想い出に致しました。

若い頃って只々スケジュール表が真っ黒である事に酔いしれたなんて経験、誰でもあるのでは?自由業者は特に。僕も類に漏れなかった訳です。それはそれでキラキラと輝いていたかもしれません。歳をくうと自分でなくてもいい内容の仕事には興味を示さなくなるものですね、頑固ジジイそのものです。逆に誰でもいい仕事を多くゲットできるプレイヤーこそプロとして堅実であるとも言えますよね、人それぞれなんだと思います。

今、僕が言えることは、どのような時代でも音楽家として生きられるスキル、それは楽譜に強くある人だと断言できます。

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竹田直哉の格納庫

NaoyaTakeda

「ホント!マジどうすっかなぁ!?」西東京市文化芸術振興会の3期目の年会費を未払い状態にしているのです。忘れてもいなけりゃ資金がない訳でもありません。退会するか?しないか?で悩んでいるのです。それに至った理由は僕の社会音痴から来ているのです。社団法人と称するものは、全て営利団体だと勘違いしていました、そう、僕が属する団体は非営利団体だったのです。

入会してみて非営利で動く事の難しさを知れたと同時に気合も入らなくなってしまった自分.......やっぱ会員でいるのは無理でしょう!!ねぁ、無理だよね!?ねっ?ねっ??しかしだよ、自由学園出身のあのジュン・スカイ・ウォーカーズ御中が無料ライブをやらかすのを知ってしまった今や、自分ごときが偉そうにしていて良いのであろうか?考えこんでしまうよなぁ.......参ったなぁ、どうしよう??だけれど、慈善事業をやっている余裕なんかないし、自分を何とかするのが第一ってもんだぁ!!

まぁね、悩みますよ、せっかく出来た人間関係を壊してよいものかと。あ~ぁあ!!

やっぱり......結論だすのは来月にしようっとぉ!!

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竹田直哉の格納庫

NaoyaTakeda





2023/05/28早朝4時30分、ギンギラギンにさり気なく起きています……楽しくないっす。「僕たちがやりました」というテレビジョンムービーに目をやっているのですが、夢中になれません。ここ数日、気分が優れずにいたのですが、昨日から徐々に復活してきたように思えています。しかしながら竹田家の掟「物音禁止」である深夜に目覚めている時は、常にスウィングしていません。そして装着しているイヤホンにも強いストレスを感じてきたので、ロン雑を書いています。

JAZZを奏でる事を生業にしている僕は、年中空きっ腹です。何故ならば、食えていないからです。

昨晩は同業で友人でもある神谷えり(Vo)のインターネットライブ配信を目の当たりにし……触発されました。確実に仕込みがあったであろうハイクオリティサウンドは、僕のハートを優しく包み込み、ヤシの木陰で時を忘れてまったりくつろぎたくさせられました。こんな気持ちになれたのは何十年ぶりでしょうか?今一度ハワイに足を運びたくなりました。

何故だか一昨日、昨日と良い時を過ごしています。これで夜中も充実していれば完璧なのに.....ちょっと贅沢ですよね、かたじけない!!

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竹田直哉の格納庫


NaoyaTakeda

物心つかない頃から姉に言われていました。「あなたは顔が不細工で短足なのだから性格くらいは良くならないと女の子にもてないよ」などと........

僕は小学校で面白くて明るくてクラスの人気者だと思っていました。中学生となり、それは大きな勘違いであった事を思い知ったのです。在籍した市立ひばりが丘中学校1年E組では、毎月「中学生となって」という題目の作文を書かされ、印刷されたものを全員に配られました。ほとんどの生徒がE組は面白い人が多くて毎日が楽しいと綴っていました。特に〇〇君、〇〇君、〇〇君...........おーい!なんで俺がいないんだよぉーー!!と愕然としたこと、そして教室で崩れ落ちた事を今も忘れていません。

それからの僕は性的にグレました。女子に対して、必要なまでのセクハラ、パワハラ行為を連日繰り広げ、中学2年生になった時には男子人気投票ワースト5内に位置する存在となったのです。

まぁね.....そんな性格だったから少々ギターが上手くても追っつかなかった事を納得してますわい。

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竹田直哉の格納庫

NaoyaTakeda

僕には姉が二人います。三人兄弟の末っ子で竹田家本家の長男なんですね、この状況で既に屈折が見えるでしょうが......んで!?ロン雑は小説ではないので本題いきます。

物心つくわけもない幼児期に姉から「外で会っても、声をかけないでね、兄弟だって思われたくないから......」等と、重ね重ね言われていた僕は、忠実にそれを守って年輪を重ねていきました。何故にそうであったか!?それは僕が汚い子供であったからです。僕を汚い子供と称したのは、隣家の主でしたが、汚い子供は一度外出しようものなら、どうしたらそのようになれるのかと家族に思われるほど、泥だらけでした。しかも、大の風呂嫌いであったものだから、それはもう目に見張るものがあったに違いありません。汚い子供は、汚い子供として時を過ごしていった訳ですが、あくる日、汚い子供が駅から自宅までトボトボと歩いていると、「どうして無視するの!?」と背後から姉の声!?.......振り向いて目の当たりにした姉は、洒落た服をまとい、うっすらと化粧をほどこしていました。その時、汚い子供は紺色のブレザーに赤のほそっこいネクタイといういで立ち、そして時代のはやりに身を任せたヘアースタイルでした。そうなんです、僕は汚い子供を卒業した、ただの煙草臭い高校生になっていたのですね。

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